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【旅】2023夏の旅 --その5-- [【旅】2023年]

 今日から具体的な予約スケジュールは無い。とりあえず稚内エリアで天候の状態を確認しながら、礼文島に行きたい日を調整する。その思いだけで具体的な計画は何もない。目指す放浪人らしい幸せな時間である。トラブルなくこの幸せな時間を堪能したい。

2023年6月27日(火)
 3時起床、朝から晴れの空。5時から朝食を済ませて片付けの準備に入るが、まだまだ早い。
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のんびり海を眺めて過ごし「らんまん」を視聴してから本格的な撤収モードに入る。9時終了して9:30には出発した。R232(オロロンライン)を北上し最北の町「稚内」を目指す。
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海と空と道の繋がる美しいドライブコース。初山別(しょさんべつ)村のみさき台公園を見学、無料キャンプ場は少数であるが賑わっていた。
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R232が直角に曲がる遠別町の「味のどん兵衛」で昼食を済ませ、天塩町の鏡沼海浜公園に立ち寄る、キャンプ場は魅力なし。ここから天塩川沿いにr106「萌える天北オロロンルート」を北上、風力発電が直線に並び、道路も果てしなく続く。
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北緯45度を越える頃に、豊富のアイスクリームを食べたくなり海岸線ドライブを離れて、r444で町に向かったが、昨年来た「フェルム」は定休日だった...残念。同時に駐車場に入ったお店経営者らしき方からお辞儀される... 食欲はセイコマートのアイスで抑え、R40バイパスで稚内市内へ入り、道の駅わっかない、稚内森林公園キャンプ場(無料)を覗いて見たが、今宵から暫く雨予報なので、道の駅で車中泊にする事とした。夕刻ノシャップ岬に行くと観光バス団体さんの記念撮影大会が始まり早々に退散、道の駅には全国各地のナンバープレートの車が並ぶ、キャンピングカーから乗用車、軽自動車まで8割は同輩だ。ベッドメイクを済ませ、近隣の居酒屋・米風亭で夕食、わっかない海の駅の温泉を楽しみ21時就寝。
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走行距離:185.3km
宿泊先:道の駅 わっかない

2023年6月28日(水)
4時起床、パラッ程度の雨は降ったが、濡れるような降雨ではなく、青空も見える空。
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日本列島の端々の天気予報は正確ではないのか?そんな思いを持ちながら、24Hの看板があった「すき屋」に朝食に行くが5:00-10:00は閉店になっていた。その他を探すがコンビニ以外に開店しているところは無く、道の駅に戻り、稚内駅構内にある6時開店のCafeでモーニングを頂いた。お店のお兄さんに「天気予報が当たらないね、今日は雨予報だったのに…」というと、ここでは天気予報はあてにならない。との回答だった... 北海道立宗谷ふれあい公園のキャンプ場に行き様子を見てから、今日から1週間のフリーサイトを予約(他のサイトは満室だった)、チェックインは13時からです。と案内され車に戻ると降雨となる。予報よりも天気の変化が遅れていただけか?強くなる雨を避けて宗谷岬に移動する、観光バスも停まり記念撮影大会だ。しかしながら5分もすると雨が追い付いて来て激しい雨となる。今日のテントサイトが少しでも乾いて欲しいが、お天気はどうしようもない。早めのランチを済ませて防水シートを買い求めてから、ノシャップ岬で鹿の親子を観察。小鹿は見た目はカワイイが、鳴き声は「ギューギュー」と可愛さがない。樺太記念館(無料)を見学する、今は戦時下の隣国であるが、日本の領土であった40年間(1905-1945)で森林開発、パルプ工業、炭鉱開発、線路の整備と、発展していた事が紹介されていた。1945年8月9日の唐突な侵攻により大混乱となり、緊急疎開で稚内まで引き上げている、この中に、のちの横綱大鵬が母と引き上げ疎開していた、父はウクライナ人だったので引き上げていない。日本領土の端々には、どこにも悲しい話が語り継がれている。現ロシア敗戦の時期を見極め、北方四島の問題解決に向い打つ手は準備できているだろうか?昨年もこの地でそんな事を想像していた。その時には安部氏も存命だった。https://hdj81v.blog.ss-blog.jp/2022-07-09
 キャンプ場で受付を済ませて、14時から我が家の建設に取り掛かる、小雨が降り始め、大急ぎでアウターテントを掛けると降雨となる。ギリギリセーフのタイミングで完成、直後より激しい雨となり天に感謝。
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地面に湿りはあるが濡れてはいないので、快適な空間で雨降りを眺める。マイホーム建設も回数を重ねると短時間で出来るようになるものだ。しかしながら急いだために方向調整が出来なかった、隣のサイト側を向いている、天候が回復したらやり直そう。早めの夕食を済ませ、シャワーを浴びて就寝。

走行距離:130.3km
宿泊先:北海道立宗谷ふれあい公園(1泊目)

2023年6月29日(木)
 3時に小鹿の鳴き声で目覚める。NHKラジオの美空ひばり特集と小鳥、カッコー、カラスの声で、霧と曇り空の朝をテント内から眺めながら過ごす。
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買物を済ませ昼食をテントで済ませていると、本格的な降雨となった。その後終日雨が続き、テント内で過ごす、風も少し上がるがマイホーム内では快適に過ごせている。16時から夕食、シャワーを浴びて日暮れと共にテントをクローズして眠る。

走行距離:17.2km
宿泊先:北海道立宗谷ふれあい公園(2泊目)

2023年6月30日(金)
 2時半、風がテントを揺らし目覚める、今日は最低気温12℃、最高気温15℃と寒い。テント内で寝袋に入っていると快適ではあるが、半袖の夏服では、外に出ると強風と雨により寒さは倍増する、宗谷地方は強風注意報が出ているので、今日はドライブをすることに決めた。5時から軽食、8:30から市内に出てマックで朝食を済ませてr106を南下、サロベツ原野方面に移動した、雨は止んだが東からの風は吹き続けている、利尻富士も雲の中。抜海駅に立ち寄り、抜海集落で直角に左折するオロロンラインを過ぎ「こうほねの家」に立ち寄るが、沼・海・曇天以外に何もない。
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兜沼経由で原野の直線道路を、野生動物の飛び出しを心配しながら30km/hでノロノロ運転。
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そのまま27日に立ち寄るも定休日だった、豊富町の「フェルム」に行く。今日は寒いが、目的であったソフトクリームを食し満足。サロベツ原生花園に立ち寄るが、今年はエゾカンゾウは木道周辺には無く、ショウブとカキツバタが点々と咲いていた。泥炭を掘り返した跡地が、元の自然の姿に戻るには、世紀単位の時間がかかる事なのだと感じながら後にした。
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抜海岩陰遺跡という看板を見つけて立ち寄るが草が生い茂り近づけない、説明看板によると土器などが出土していた、こんな寒い所でどうやって冬を過ごしたのだろうか?どんな衣類を纏い、何を食べ、暖は何を燃料にして、一冬にどのくらい備蓄していたのだろう。想像はしてみるが、体験はしたくない。今でも冬になると、抜海港にはゴマフアザラシが多数越冬するらしいので、捕獲していたのだろうか?
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海岸線のオロロンラインを北上し稚内市内に帰る。遅めの昼食にラーメン@500(うえんない食堂)、想定外に寒いので長袖の衣類を購入しテントに戻った。北海道立宗谷ふれあい公園のキャンプ場は、手頃な価格で滞在する事ができて、更に65歳以上になると一人500円の入場料無料となる、そうなると1サイト1泊500円で施設が利用できる。(我が家は現在:1泊1500円)2カ月滞在しても3万円なので、エアコンの電力料金より安く、涼しい空気の中で生活できることが魅力なのだろう、全国各地から先輩方が長期滞在をしている。午後からは本降りの雨と強風、洗濯を済ませて、バサバサと揺れるテント内でジンギスカン鍋を食し、明るいうちから眠る。

走行距離:126.9km
宿泊先:北海道立宗谷ふれあい公園(3泊目)

2023年7月1日(土)
 昨夜から雨風が強く、バサバサと揺れるテント内で3時起床、NHKラジオを聞いて過ごす。雨天3日目になるとすることが無くなり、食事が一番の楽しみになる。ショッピングセンターの開店に合わせて、衣類、100均、Beerを購入し、昼食は「む蔵」でチャーメンとかつ重を頂いた。お腹いっぱいになり、雨上がりの声問村周辺を車で見て歩いた、「稚内市大沼野鳥観察館」は沼を望むのみ、整備された観察館には、暖炉で薪が暖かく燃えていた。「北の桜守パーク」には映画撮影セットの施設があり、想像以上に整備され驚く。https://www.city.wakkanai.hokkaido.jp/kanko/midokoro/spot/sakuramori.html
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その後は、テント内でゴロゴロとラジオを聴きながら過ごす。夕刻より青空が広がり、稚内に来て初めての晴れとなった、しかしながら暫くは曇天の予報が続く。簡単な夕食を済ませて日没と共に寝る。

走行距離:30.7km
宿泊先:北海道立宗谷ふれあい公園(4泊目)

2023年7月2日(日)
 2時半起床、空一面に低い雲が覆っていた、稚内の町灯りが雲を照らし、薄明るいキャンプサイトだった。暫くラジオを聴きながら起きていたが、寒いので寝袋の中で過ごすと、そのまま眠ってしまい。6時に再び起床。朝食を済ませ、今日は次の宿泊先となる浜頓別町に行って見る。
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昨年同様に、クッチャロ湖には湖しかなく、静かなキャンプ場(大人@400)だった。青空も少しあったが終日曇天、日が当たると、車内では暑さを感じて、7月の季節を実感する。セイコーマートで食材を買い、昼食を済ませてから、広い園内を散策すると夕刻となる、BP充電、シャワーを浴びて夕食。
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明日は曇り予報であるが、礼文島に行くと決め、冷たい空気が漂い始めて来たので日没前から眠りに就く。照明器具が不要な生活が続く。

走行距離:179.2km
宿泊先:北海道立宗谷ふれあい公園(5泊目)

2023年7月3日(月)
4時起床、天候調査を始める、道北宗谷地方は終日曇り予測。少々迷いながら大急ぎで準備して6:30発の礼文島行きのフェリーを目指す、往復チケットを購入し乗船すると直後に出港した。想定外に団体観光旅行が多く、座る場所がない状態だったが、通路脇に座りとりあえず落ち着き、礼文島8:25着まで写真も撮らずそのままでいた。41年前と同じ曇り空で、移動中は何の風景も見えている様子は無かったが、港に到着すると、利尻富士の雲が切れ始め山頂がのぞいた。急いでいたので飲食物を何も持っていない、フェリーを降りても売店は無かった。レンタサイクルにするか?バイクか?様子を覗っていると、フェリーの出港に向けて数名の民宿関係者が大声で歌い出した。41年前に礼文を離れる時の見送り大合唱を思い出す、あの時は曇天と雨で何も見えず、野宿で疲労困憊したまま宿に着き、色々と接待されるも寝落ちした。帰りのフェリーの見送りに感動し、絶対又来る。と心に誓っていたが、こんなに年月が過ぎてしまった。港からは利尻富士がドーンと見えて迫力がある。そして今日は、路線バス1Dayパス2000円を選択し、観光案内所に行き売店の有無を聞くと、セイコーマートは歩くと30分掛かると教えてくれた...が漁協の売店が9時から開店すると教えてくれた「あ、もう開いてる..」徒歩5分の距離らしい。9:25発の路線バスのバス停情報はスマホには無く、とりあえず速足で往復して、おにぎり+パンを買いフェリーターミナルバス停に戻った。バスに乗り1Dayパスを求めると釣銭が難しそうで、後回しにされ出発。次のバス停に泊まると、さっき来た漁協売店の前だった。行き当たりばったりの旅は無駄が多い... 目的地のスコトン岬まで1時間弱、海岸線を走り到着すると、団体観光旅行で賑わっていた。
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バスガイドが海中にアザラシがいます。と教えてくれていたが、400mmで撮って拡大してもウキにしか見えない。暫くトド島の風景を眺め、朝食代わりにおにぎりを食べていると、北の空から青空が急拡大。岬の先端部のみ素晴らしい青が望めた。
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今日は歩く覚悟なので、ここから車道を引き返し、トド島展望台、ゴロタ岬と続く岬めぐりコースを辿る。ここからは誰も居ないが、数名が同じコースを辿っているようで遠くに見えて安心、空は快晴となり、海、空の青さが映える。見たかった礼文の光景を二人で楽しんだ。
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遠くに見える海岸線は美しいが、海に近づくと日本全国同様に、漂流物のゴミだらけである。残念ながら現実は事実、このままでは人類の生存もそう長くはないのでは?そんな思いをしながら美しい青を眺める。
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 海岸のゴミを分類し、自然界にあってはならないゴミを指定して買取法をつくる。(海岸ゴミの税金による買取法:100㎏=1万円、回収管理は漁業認定者、一般人は100kg=5千円で業業関係者に引き渡し可能。ゴミ回収の漁期限定)漁師が魚を捕らなくても、ゴミ回収で糧を得る事も出来るのではないか?一般人も海岸ゴミを回収すれば副収入にもなる。ボランティアのレベルでは、もうどうにもできない事態まで来ている様に思う、自然の美しさを感じる中で、そんな考えを持ちながら、最後の峠を登り、澄海岬に到達し、飲物を手に入れる事が出来た。少し休憩後、今日中に稚内のテントサイトに戻る為には、16:05発の病院前始発のバスに乗車する必要があり、残り4.5kmなので、1時間あれば大丈夫だと思いながら14:30に歩き始めた。しかしながら車道は何故か長く感じる、1kmの移動が岡山市内の2km程度に感じる。直線道路だから見通しが利くのでそう思うのか?気のせいか?休憩なしで病院前バス停に着くと15:45だった。フェリーターミナルに到着すると16:50、そのまま乗船口に直行して乗り込むと17:10の定刻にフェリーは出港した、今日は全てがギリギリのスケジュールだった。
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復路の海は穏やかで利尻富士を眺め、北海道側を眺めると薄っぺらい陸地だと実感、豊富町辺りは陸地に見えない。稚内港に戻り、外食(寿司)を済ませ、20時テント着、大沼から満月が昇って来た。

走行距離:22.6km+3万歩
宿泊先:北海道立宗谷ふれあい公園(6泊目)

2023年7月4日(火)
 ポツポツとテントを叩く雨音で2時半頃に目覚めた、今日は明日からの移動に向けて準備をする。しばらくはオホーツク海沿岸のローカルエリアなので、損傷したコットやイスの修理、給油、食材の購入を目的に稚内市内のスーパー(SAIJYO)、ホームセンター(DCM)、ガソリンスタンド(モダ)、ドラッグストア(サツドラ)、コンビニ(セイコーマート)を巡り、12時半にテントサイトに戻る。昼食を済ませてからは、贅沢な昼寝をした。終日曇り時々雨の状態が続くが、気温16℃程度で寝袋にもぐると気持ち良い気候である。目覚めると15時、シャワーを浴びて夕食を済ませ19時には再び寝袋に... 日ハムvsソフトバンクの中継を聴きながら眠る。

走行距離:22.1km
宿泊先:北海道立宗谷ふれあい公園(7泊目)

【旅】2023夏の旅 --その4-- [【旅】2023年]

2023年6月19日(月)
 4時起床、青空の朝。バッテリー残量が10%台となり、心細いが今日は太陽光充電が十分に出来そうである。がしかし貯める為には使えないので、冷蔵庫は常温のままだ。今日から二人キャンプ旅となる。9時から温泉に浸かり、10時にはテントを離れて、洗車、給油、100均買物、ランチを済ませると12時半だった。千歳空港までは近いと思っていたが、想定外に時間がかかり13時半に空港駐車場到着。3番到着口に着くと13:46、岡山からの航空便は13:43到着予定となっていた。奇跡的に素晴らしいタイムスケジュール。合流してそのままテントに戻り、温泉に浸かると夕刻となる。今日は2週間分の会話を済ませて、温泉レストランで夕食、夕闇と共に眠る。気温15℃、明日朝は10℃の予想。
奥歯の痛みは忘れるほどになくなった。野菜サラダを含めて硬い物の食べ過ぎに注意である。
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走行距離:42.0km
宿泊先:えにわ温泉ほのか ほのキャンプ場(2泊目)

2023年6月20日(火)
 3時半起床、先程まで若者キャンパーがワイワイ盛り上がっていたが、静かになった。外に出ると1張りテントが増えていたので、眠った後に到着して設営、宴会をしたのだろう。空は既に明るく東は赤く染まっている。パンで朝食を済ませ6時半に出発、r117を東に向かい、恵庭渓谷を経由して、支笏湖畔のポロピナイ園地に7:20到着、正面に風不死岳(ふっぷしだけ)を望む園地には、既に大勢の釣り人が集い、ヒメマスを釣り終えて売買をしている様子ある、レンタルボードも岸辺に置いてあった。
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昨年は湖の反対側を眺めただけだったので、今年の印象はかなり違って見えた。
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支笏湖ビジターセンターを見学すると恵庭岳には、札幌オリンピックのスキー競技会場があったと記されていて、終わってから植林を済ませて自然に戻す作業をしているが、現在でも冬場になるとコース跡が見えてくるような状況らしい。半世紀では自然は元通りにならないそうだ。
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r16を通り千歳市に戻り、早めのランチを済ませて「道と川の駅 花ロードえにわ」に立ち寄る、RVパークもあり、整備された広場には花々が咲いていた。北広島市の観光パンフレットがあったので、ここに行くと広島弁の北海道の人がおるんかのぉ~と思い行って見る。「旧島松駅逓所」という観光施設@200は、中山九蔵さんという方のお家だった。誰も居ない観光施設であったが、道路に停まる車が不自然に多い不思議な施設だと思っていたが、道路の対面には人気のソバ屋があり、本日定休日の対応に、施設係員は何度も尋ねられ対応していた。九蔵さんは、北海道で初めて米作りをした人だと紹介されていた。明治天皇ご一行も宿泊、クラークさんもアメリカに帰国の際、ここに立ち寄り、Boys be ambitiousの名言を残した。この言葉には続きがあり「青年よ大志を抱け!金の為または利己的栄達の為にでもなく、ましてや人よんで名誉と称する空しきものの為にでもない。知識に対して、正義に対して、かつ国民の向上の為に大志を抱け、人としてまさにかくあらねばならぬ全ての事を達成せんとするために大志を抱け」だそうだ。たった8ヶ月の日本滞在で、現在もなお日本人に記憶されるクラークさんは、多くの日本人に、人としての教えを残したのだろう。
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明治期のこの地は、原野の中に切り開かれた、唯一の宿泊や休憩の出来る建築物だったのだろう。この地には広島弁を使う人は既におらず、広島からやって来た開拓者和田さんの名前の和田村とせよ、と政府から言われたらしいが固辞し、広島の皆で開拓したので「広島村」と名付けたそうだ。この流れで現在の北広島市の地名に続く。和田さんグループは九蔵さんの米作りの収穫量を上げ、北海道の米作りの原動力だった。
 エスコンフィールドに行って見た、新しい施設は気持ち良い、施設内の見学は無料で多数の見学者がいた。
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 スーパーで買い物を済ませてキャンプサイトに戻り、温泉に浸かると夕刻になる。既に6回ほど利用した「えにわ温泉ほのか」は、名前も見た目も大衆浴場施設で、カルキ臭のする大浴場の佇まいであるが、来場者は午前中から途絶えることは無い。第一印象は原油の様な色の浴槽に驚く、お湯は無臭でトロリ感があり気持ち良い、カルキ臭など全くなく、950円と少々お値段はするがリピーターも多いのだろう。https://www.yudokoro-honoka.jp/eniwa/
昨夜のキャンパーは皆帰り、今夜は別のソロキャンパーが準備していた。テント内で夕食を済ませ、サッカー観戦をしながら眠る。

走行距離:122.7km
宿泊先:えにわ温泉ほのか ほのキャンプ場(3泊目)

2023年6月21日(水) ---夏至(恵庭市:日の出3:55 日の入り19:16)---
 3時半起床、今日も快晴の空だ。テント撤収にはありがたく風もなく、1時間ほどで完了、感謝。最後の入浴を済ませて、10時半から旭川を目指して出発する。r46で北広島市を通過し、r1080で南幌町経由、R234で岩見沢市に出てからカフェ「ピーノ」でパスタランチ、素晴らしく美味しく、この食事でワインを頂きたいと思えるサラダやパスタだった。道の駅三笠で休憩、近くの炭鉱跡に立ち寄るもゴーストタウン...
 R12に戻り美唄から滝川市まで29.2kmの日本一長い直線道路を55km/hで延々と走る。何故か大型トラックも低速だった。広い田園地帯は、畑と水田が入り混じっている。昨年見学した神居古潭を通過して旭川市に入る、16時前にはホテル到着。溜まった洗濯とゴミの整理、バッテリー充電を済ませると18時半となり、頂いた8000クーポンで「居酒屋 獅子豆」にて夕食。部屋中に干した洗濯物部屋で眠る。

走行距離:160.8km
宿泊先:ホテル クレッセント旭川(1泊目)

2023年6月22日(木)
 旭川は朝から青空が広がり、街と大雪山を眺められる「嵐山展望台」に行って見たが、遠景の山は水蒸気に霞んで望む。
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今回で2度目の旭山動物園に行く、動物を近くで見る事が出来る工夫は興味深い、又見ている側の存在を極力減らし、動物へのストレスを抑えた展示建屋も特徴だ。しかしながら、「喪中」と表記された展示施設が目立つ。気温29℃あり水の中以外の動物は暑さに耐えていた。
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平日でも多くの入園者があり、人気の動物園である。動物園の駐車場は官民共に500円なのだが、なぜか「旭山コナール https://asahiyamaconall.com/」という西口正面のカフェは無料だった。ありがたく利用し、帰りに立ち寄るべきであると思っていたが、空腹に耐えかねて通過、特一番というラーメン屋さんに直行した。「男山 酒造り資料舘」、「壺屋 き花の杜」を見学しホテルに戻ると16時半。終日観光に疲れて休息。近くの「串鳥」で夕食。旭川駅まで散策するイオンやホテルが多数出来ていた。

走行距離:47.2km
宿泊先:ホテル クレッセント旭川(2泊目)

2023年6月23日(金)
 4時起床、朝日は届いていたが、徐々に雲が広がった。「らんまん」を視聴してからホテルを出発。r98で石狩沼田に出る、何気なくJR駅に立ち寄ると、今年3月末でこの駅が終着駅となっていた。
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この先日本海側の留萌まで線路は通じているが、廃線になっていた。「すずらん」ロケ地である恵比島駅(明日萌駅)に行って見る。全てがロケセットの様な佇まいだった。残念ながらホームには鉄柵が造られ、廃線になった事をリアルに感じる。
https://www.town.numata.hokkaido.jp/section/sangyou/ujj7s30000001lu0.html
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無料の深川留萌自動車道路は昨年走ったので、R233で留萌市に向かい「蛇の目寿司」で少し贅沢なランチを頂いた。https://rumoi-jyanome.com/
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 R239で海岸線を北上し、今日のキャンプ地、苫前町に向かう。途中で「道の駅 おびら鰊番屋」で休憩、資料室も併設されており、鰊の番屋は礼文島まで各地にあったことを知る。小規模な鰊の群来は、現在でもたまにあるそうで、昨年この地で撮影された映像が流れていた。浜辺に産卵する多数の鰊が海を白くしながら群れ成している映像は初めて見た。
予約済のキャンプ場に到着すると、受付の気さくなおじさん(見た目先輩)から名前で呼びかけられ驚く、車のナンバーから判ったのだろうと思うが、施設利用方法、ごみ処理の説明をして頂いた先輩の接客に脱帽。4回目の我が家建設は15時前に完了し、くつろぐ。夕食時にはキタキツネによる各サイトのパトロールが始まった。
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海の向こうには天売島、焼尻島が見え、遠くに霞んで利尻島も見えた。
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走行距離:139.1km
宿泊先:とままえ夕陽ヶ丘オートキャンプ場(1泊目)

2023年6月24日(土)
 3時起床、明るくなるとカラスの声がうるさい。残飯でもあさりに来ているのだろう、キタキツネもビニール袋を加えて逃走していた。我が家には残飯は無く、一安心であるが野生の食欲(食べ物の恨み)は恐ろしいので気を付けなければならない。薄曇りの空に日が昇り、雨の心配はないが今日から徐々に電力不足になるのかな?と思いながら朝食を済ませ、漁港を散策した。得意ではない臭いで船着き場には近寄れず、何が水揚げされているのか不明。
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 ホワイトビーチという南国風の名前の付いた海岸を経由してキャンプサイトに戻る。昨日からの宿泊組は1組を残して撤収状況、土曜日であるが今夜も寂しいサイトかなと想像しながら、苫前町内のスーパーマーケットに出かける、町内ではあるが、水田と畑の中を走り片道10km程度、さすがに徒歩圏内ではない。食材を買いサイトに戻ると快晴となった、続々とキャンパーが申し込み手続きを始めており、今日は賑やかな模様。
苫前町郷土資料館に行って見る。
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 大正4年12月に発生した「三毛別ヒグマ事件」について紹介されていた。父子が殺害され、翌日母も遺体で発見、その夜の通夜にも熊に襲撃され、その後、近隣の家も襲撃し4名死亡、3名重傷、その後も毎日現れて食物を奪っており、4日後に山本兵吉によって射殺されたそうだ。
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射殺後に天候が急変し大暴風雪となった事で、以降「熊嵐」と呼ばれている。穴持たず熊(冬になっても冬眠する場所を確保していない熊)は危険なのだそうである。野生の食欲には気を付けよう。テントで昼食、ゴロゴロと昼寝を楽しんで、込み合うサイトから想像して混雑を避け17時半から「とままえ温泉ふわっと」で入浴を済ませて、そのままレストランで夕食とした。19時半焼尻島に沈む夕日を眺めてから眠る。
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走行距離:32.3km
宿泊先:とままえ夕陽ヶ丘オートキャンプ場(2泊目)

2023年6月25日(日)
 2時半起床するが、2度寝体制に入り4時半起床。8割ほど埋まっているキャンプサイトでは、野生動物も警戒し出てこない。人が集うと安心感はあり、人間は集団生活を基本とする事を実感する。朝から快晴、片付け始めたご近所さんの中で、のんびりと気持ち良い朝の時間を楽しむ。こんな幸せな時間はないと思いながら、明日以降の行動スケジュールを検討。
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 しばらくは道北に滞在し、涼しい空気の中で生活をしたいが、27日の夜から雨の予測。とりあえず隣町の羽幌町に行って見た、道の駅の隣にはバラ園があり満開、しかも無料で暫く鑑賞した、北海道海鳥センターも隣接してあり海鳥の現状が紹介されてる。
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フェリー乗り場に行くと焼尻、天売島の情報があり更に興味を持つ。パンフレットをみると山中に炭鉱跡があり行って見る、r356で築別炭砿、幌別本坑跡地は草むらに崩れかけた建築物、学校校舎があるだけで、寂しい風情。どこも崩落の危険により立ち入り禁止、野生動物の住処でもありr747で早々に退散。羽幌まで戻り、おろろん食堂でえびラーメンランチ、買い物を済ませてテントサイトに戻る。午後から昼寝、天候が良いので、もう1泊滞在する事を決めて、明日は天売島に行くことを決意した。早めの夕食、入浴を済ませてテントに戻るとカラスに荒らされ、マヨネーズと豆菓子をやられる。気の緩みだと反省、日没と共に眠る。

走行距離:74.3km
宿泊先:とままえ夕陽ヶ丘オートキャンプ場(3泊目)

2023年6月26日(月)
 4時半起床、朝日が眩しい。朝食時にはキツネがテントを覗きにやって来た、留守中にやられそうなので、怒鳴り追い返す。
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セイコマートでおにぎりを買って、羽幌発8:30のフェリーで天売島に向かう。焼尻島経由で10:20到着。
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 島1周12kmなので徒歩でも不可能な距離ではないが、港の目前にある「おろろんレンタル」に行くと、気さくなおばちゃんが対応してくれたので、電動アシスト自転車を2台借りる。新型2000円、ママチャリ1600円。坂道もドンドン登れて快適だった。
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暫く走り民家が無くなると、道路一杯にウミネコの親子が占拠していた、ヒナの死骸もあり少々驚く。よく見ると道路脇の海岸線一杯にウミネコが子育て中だ。海鳥がいるとは聞いていたが、想像を超える量にドキドキが止まらない。海岸はフンで真っ白く異次元である。
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道路には死骸も多く、鳥が突いて食している。赤岩展望台からは美しい海と岩の上にいるケイマフリが見られた。
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遠くに利尻富士が雲を纏っている。暫く美しい景色に見惚れるが風が強く退散。
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更に登り千鳥ケ浦園地から海鳥観察舎から眺める。
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断崖絶壁は海鳥たちのタワマンだ。観音崎展望台からも断崖と鳥たちの生活が眺められる。ここからは下り坂で、人間の生活圏に一気に入り「海の宇宙館」に立ち寄ると、寺沢さんがいた。https://terra-images.jp/profile/
以前、福岡天神のギャラリートークショー開催時にお会いして、会社を退職したら私も天売島に行きます、と話して別れて以来の再会でした。会えないと思っていたので手ぶらで来てしまい恐縮。8月開催のS社銀座ギャラリーの案内を、海鳥のガイドをしながらされていた。レンタサイクルは2時間までの基本料金なので、30分延長して13時返却、往路α7M4+200600のレンズをつけたおじさん(原付レンタル)と、島巡りが同スケジュールとなり、港で少し話す、千葉から年中1ヵ月程度の車中泊の旅(病院通いが必要な為)をしていて、先週まで礼文島で1週間、星の撮影で車中泊をしていたそうだ。キャノンからαに変えた事や、たまに奥さんは2泊3日程度で現地やって来て、温泉で同泊、自宅に帰っていく事など話した。今日は友人と合流してゲストトハウスに泊まるのだそうだ。我が家はテント泊なので日帰りだと話して、寺沢さんの「海の宇宙館」を紹介して別れるも、フェリー到着時に再会、ご挨拶して再度別れた。15:50発のフェリーまで港を散策するがなにもない。17:40羽幌に戻り、スーパーでお弁当、総菜を買ってテントに戻る。野生に荒らされていなくて一安心。「とままえ温泉ふわっと」で入浴を済ませて日没と共に眠る。

走行距離:17.3km
宿泊先:とままえ夕陽ヶ丘オートキャンプ場(4泊目)

【旅】2023夏の旅 --その3-- [【旅】2023年]

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 2023年夏の北海道に到着した。昨夜は車内ではなく部屋飲みで安心して酔う。5時半起床、函館の朝は曇り空であるが少し明るい。今日から2023年夏の北海道の旅が始まる。五稜郭に近い宿所だったので、8時まで散策し「らんまん」を視聴してから、宿を出る。今日からはキャンプを中心に北海道の夏を楽しむ為、とりあえずホームセンターに向かいイワタニのコンロとフライパンを購入し燃料を満タンにして、R227で日本海側に向かう。

2023年6月14日(水)
 函館の空は青空が広がり始めるが、山中は雲の中である。中山峠を越え厚沢部町(あっさぶちょう)に入ると、メークイン発祥の地だと看板があり、道の駅に寄ってみるがこの季節にジャガイモは無かった。ソフトクリームで昼食、海岸線に出てR229を北上、乙部町に入ると、水平な地層の「館の岬」で国道は通行止めとなっていた。
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山中を大きく迂回して、2km程度北のR229に再び出る。「元和台 海浜公園」で海岸を眺めると、下には海のプールが整備されていた、どのくらいの期間プールなのか?不思議であるが、岸壁を登る通路は避難路として整備されたモノだろう、夏草が生い茂る。
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しばらく奇岩の目立つ海岸線、日本海は波もなく海岸に建つ家々の生活が優雅に思える。R229は海岸線を離れ、再び海岸線に出ると、今日の目的地「せたな町」に到着した。
大きな風力発電の施設が目立つので、数が強いエリアなのだろうと思うが、今日は風もなく気持ちの良い天候だ。昨日、予約の電話をしたが、予約は不要ですと断られ、16時までにお越しくださいとのこと、15時に到着すると、キャンプ場は大勢で草刈り真っ只中、私の為に刈ってくれたの?と思える広いエリアには、私以外テント泊は居なかった。
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我が家2回目の建設に一人で手こずる中、草刈のおじいが興味深く、話しかけて来る。ここは風が強いのですか?と聞くと今日は珍しくおとなしいとの回答だった、遠くからご苦労さん、と労いの言葉を頂き、ありがたい。1時間程度で完成し、夕刻より素晴らしい景色の中で、貸切りキャンプ場を満喫、Beer、日本酒、Wineを頂きご機嫌で夕景を眺める。こんな理想的な場面は絵本の世界である。しかしまだ奥歯は痛む。よってやわらかいスパ、玉子焼き、カップ麺で夕食とした、日没と共に眠る。
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走行距離:172.4km
宿泊先:せたな青少年旅行村キャンプ場

2023年6月15日(木)
 夜間より風が強くなり、テントがバサバサと音を立てている。今日は移動することは無いので、のんびりと一人キャンプを楽しむが、10m/s程度の北風は収まる様子はない。昨日は反対側からそよそよと吹いていたので、そのつもりで建設した我が家は、入り口側からの東風にさらされる。
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気温15℃、最高気温21℃らしく気持ちの良い天気ではあるが、見晴らしの良いサイトは仕方ない。テントアウターが乾く頃には青空も徐々に広がり、太陽光パネルも元気に発電。鳥の声と風の音しかない贅沢な広い空間は、管理されたキャンプ場ならではのものだろう、山中の無料キャンプ場に宿泊する勇気はない。熊に襲われ話題のニュースになるだけだろう、札幌市西区と小樽市にはクマ出没注意報が出ている。昼前に外出、奇岩の続く海岸線をパトロール、三本杉という岩にはウミネコが子育て中で賑やかだ。
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漁港の向こうには奥尻島が薄っすらと望める。
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「せたな公営温泉浴場やすらぎ館」@410で入浴、近くには「荻野ぎん(のちに吟子)さん」という女性の像があり、1851年埼玉県生まれ日本初の女性開業医さんだと紹介されていた。自身の病気療養時の差恥屈辱感から始まり、35歳で医術開業試験に合格、この地で開業し風俗改善に努めた方だそうである。明治期のこの地は、どう見ても漁業以外の暮らしは想像が出来ないが、男尊女卑の社会しかなかっただろう。セイコマートで買い物を済ませて、テントサイトでランチ、昼寝をしていたら夕刻になった。今日も美しい夕景を眺めて1日が終わる。
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走行距離:18.5km
宿泊先:せたな青少年旅行村キャンプ場

2023年6月16日(金)
 朝から東風が収まらないが、天気予報では10時から風向が西風に変わるらしい。テント撤収はこの風の変わるタイミングを逃したくないので、アウターの乾きと芝生面の乾き具合を見ながら、徐々に撤収を始める。この地では、年間平均風速7.9m/sの東風と西風が吹くらしい、北と南風は殆んど吹かないと風力発電所の案内板に記してあった。知れば生活レベルも向上し、知恵も使うものだ。思った通り無風状態の中で10時半撤収完了。おかげで久しぶりに汗が流れた。R229を海岸線沿いに北上、日本海追分ソーランラインと名前が付いている道路は、岩とトンネルと海の景色が続く。「道の駅よってけ!島牧」という単純な名前なのか?意味があるのか?不明であるが立ち寄る。平目フライカレーでランチを済ませ、近隣の情報を探し宮内温泉@500で入浴、鉄サビ色の浴槽には誰も居ない貸切状態。露天風呂にも入るが、クマでも出そうな感じの山が迫り、早々に退散。ぬるめの浴槽でのんびりした。帰りに声をかけるが誰も居ない...のどかな温泉旅館だった。弁慶岬灯台からR229は一旦南下する。
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 寿都町の「道の駅みなとま~れ寿都」は鰊の漁獲で沸いた港町だった。最盛期には鰊が海岸に押し寄せて、白子で真っ白な海に棒を立てても倒れない状態だったらしい。湾をUの字に曲がりR229で岩内町に到着した。ニセコアンヌプリの日本海側に当たる地域なので、冬は雪が多いのだろう、山には残雪も見える。これ以上進むと積丹半島の漁村エリアなので、今夜は「道の駅いわない」で滞在する事とした。夕刻まで町内を散策し17時開店を待って「さくら亭」という居酒屋に行く。満席で1つだけカウンター席が空いているというが、まだ誰も居ない。刺し盛がお勧めだというので注文したが、ハマチ、タイの入荷が遅れて、サーモン、つぶ貝、エビだけ食し、店を出るまでには魚屋さんから届かなかった。よって刺し盛の代金は半額にして頂いた。大きめの切身だったので、私にとっては都合がよかった...
玉子焼きを注文するが、北海道では、現在たまご6個で360円するが、いつも品切れで買えない。なので作れないと断られた。店を出る頃には仕事帰りの花金グループがドンドン集まって来た。この店にはアクリル板の仕切りと、ビニールの仕切りが厳重に設置され少し違和感を感じたが、概ね北海道ではまだ撤収はしていないようである。まだ明るいが寝床を準備して、19時半に寝る。

走行距離:123.5km
宿泊先:道の駅 いわない

2023年6月17日(土)
 4時には日が昇り起床、今日は良い天気だと思いながら積丹半島に向かうが、徐々に海は白波が立ち、風が強くなる。積丹ブルーを見るどころではなく、車外へ出たくない状況である。神威岬の入口は朝8時開門の為ゲートが閉められていたので、島武意海岸 展望台に行く、少し眺めて退散。しかもまだ朝6時過ぎなので、余市の町中を観光する事にして、半島は通過した。セイコマートで、朝食と休憩で1時間半を車内で過ごし、道の駅スペース・アップルよいちには9時過ぎに到着した。観光バスも数台泊まり、今から観光が始まりそうな感じである。道の駅には観光情報は無く、ニッカウヰスキー 余市蒸溜所の前を通過し、JR余市駅まで散歩をすると、観光センターがあり市内の情報も多数あった。残念であるが、ニッカウヰスキー 余市蒸溜所は、完全予約制となっており、予約の無い人は塀の外。
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観光センター2Fには、余市出身の多数のスキージャンプ選手の功績が展示してあった。
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町内にジャンプ台があると表示してあったので、行って見ると高校の裏山がジャンプ台だった、子供の頃から身近な競技なのだろう。
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余市水産博物館、旧下ヨイチ運上家、旧ヨイチ福原漁場、フゴッペ洞窟の共通入場券を購入したので回って見る。明治以前から昭和初期まで、鰊の浜上げから処理まで、大勢の人力で行っていた事を紹介してあった。昭和8年からは極端に鰊の漁獲量が減り終焉している。「最後の群来(くき)」は昭和29年3月28日の夜から29日朝に突然あったそうである、沖合より海の色が白くなりながら、浜に押し寄せたそうだ。それ以降は現在までに見られることは無い。鰊がいなくなった理由は、人の乱獲なのか気候変動なのか?定かではない様であるが、ある日突然に、今までの常識外の事態が発生する事は常に覚悟するべきなのだろう。運上家の船主の部屋で、マネキン親父が粋な表情で酒を飲む姿がリアルで興味深い。
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最後に、フゴッペ洞窟に行って見た。1世紀頃に書かれた壁画が、ガラス越しに見学できる施設である。人物や動物の様なものが描かれているそうであるが、私には違って見えた。子供の頃に見た、ウルトラセブンに登場する怪獣のシルエットそのものだ。
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2000年ほど前、この地にいた人が、驚く様な体験をした事を、どうしても知らせたくてここに記したものだろう。恐らく地球外生命体が地上に降り、人類と交流しながら文明を加速した事柄を記したものだろう。近くにはストーンサークルの様なものが丘の上にある。
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そう納得して道の駅に戻り、「たけや」というお食事処で、平目フライ定食を頂き、明るいうちから眠る。

走行距離:142.6km
宿泊先:道の駅スペース・アップルよいち 

2023年6月18日(日)
 4時半に目覚めると、朝日が眩しい。車外には雪の様にふわふわと綿毛が舞っていた。
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幻想的な光景に見惚れるが、ドアを開ける度に車の中まで入って来る厄介者である。昨年の札幌市で経験したポプラの種子だ。https://hdj81v.blog.ss-blog.jp/2022-07-02
快晴の空なので、積丹半島に50km引き返す。5時半には島武意海岸(しまむいかいがん)に到着、灯台まで歩くとオオカミがいた。
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近寄ると目が光り様々な声を発して、時々日本語も交じる。知らないで行くと少々驚くこのオオカミは、熊除けに開発された装置だそうである。ここの名物になる日も近い。遠くに小樽行きの日本海フェリーが見えた。
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神威岬に行くと7時なのにゲートが開いていた。女人禁制の神威岬、今では歩道も出来て、崖から転落することはない。美しい積丹ブルーを一人堪能。
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それでもまだ8時半、北海道の朝は長く気持ちよい。余市まで引き返し、札幌市琴似駅近くの「札幌らっきょ」でスープカレーを昼食に頂く、ストア札幌に立ち寄る、大通りの週末は様々なイベントで賑わっていた。小雨も降り出し今日の宿営地に向かう。ここは温泉施設の庭の様な場所で、風呂は入り放題、レストランもあり快適だ。

走行距離:198.6km
宿泊先:えにわ温泉ほのか ほのキャンプ場 

【旅】2023夏の旅 --その2-- [【旅】2023年]

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 時間を戻る事はできないが、40年前の青春期を共に過ごし、体力任せで何でもできる自信があった頃、ただそれだけで無謀な旅をした事を思い出す。
 1985年、もっと無謀な旅を続けたいと思いながらも時間切れとなり、お互い社会人へ、そして還暦となる。青森まで押し掛けてしまったが楽しいひとときを過ごした。歌われている歌詞と意味は違うが「あなかが わたしの 青春そのもの」その通りなのだ。
感謝。


2023年6月11日(日)
 4時起床し、5時から入浴、6時に朝食、8時から「らんまん」とホテル泊を堪能し、洗濯物も全部乾ききった。とりあえず、教えてもらった近くの青森県立三沢航空科学館に行って見る。
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この地から飛び立ち、太平洋無着陸横断を成功したミス・ビードル号が紹介されている。
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ドラム缶18本分の燃料を積んで飛び立ち。離陸後には、空気抵抗を減らす為、車輪も放棄して、最終は胴体着陸で成し遂げたらしい。成功したから現在も美しい物語として成立している。着陸失敗で大炎上でもしていたら、既に誰も知らない話かもしれない。YS-11やホンダジェットの展示も見学、外を見ると岡山の京山に放置されている戦闘機と同じものが見えた。https://hdj81v.blog.ss-blog.jp/2022-01-07
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ミス・ビードル号が飛び立った砂浜に行って見た、この季節は「やませ」という湿った冷たい東風が吹き、霧のような雲が低空で沸き立つ、なので景色は望めず。
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ウミネコのフンが頭上から落ちてくるという「蕪島」にも行く。蕪島神社の登り階段の下には、傘が準備され、フン対策をしながら登っていた。
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ここで繁殖している様相は、島根県の日御碕にある経島(ふみしま)と同じだ。暫く眺めて神社には登らず退散した。
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八戸市は漁港だと想像していたが、工業地帯だった。人口21万人あり少々興味が湧き、市街地を走ってみる。江戸から明治期には鮫浦港と呼ばれ、漁港だったようであるが、昭和の時代に工業港に変わり、町が発展したそうだ。八戸駅は新幹線駅として新しく、田園地帯が一気に住宅地へと変わりかけている。繁華街は本八戸駅方面にあると紹介されていたので、行って見るが寂れた駅前だった。夕刻になり八戸駅前駐車場に戻り、滞在する事にした。

走行距離:90.3km
宿泊先:八戸駅前駐車場@500

2023年6月12日(月)
 やませの影響か?霧に包まれた朝だ。4時半起床するが、駅のトイレが施錠され5:10からでなければ開かないので、駅ナカでしばらく我慢の時間を耐える。100円程度の有料化でもよいので24時間対応を望みます、がしかし我が身分としては高望みだ。JR様お世話になります、ありがとうございます。
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今日は下北半島を北上する、このエリアの風景は北海道の景色と似ている。
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小川原湖を眺めながら「らんまん」を視聴して、暫く進むと「八甲ラヂウム温泉」を発見し立ち寄る。朝6時から営業、@200円を料金箱に入れて、気持ちの良い茶褐色の朝風呂を楽しんだ。隣の同経営ドライブインを覗くと営業しており、400円の中華そばを食した。少し奥歯が痛む... 1泊2食付き4500円で旅館業もやっていた。
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このエリアは温泉も多く、小川原湖キャンプ場も広く、次回はしばらく滞在利用したいところである。
七戸駅に行って見ると新幹線駅があった...ここではなく廃線となった「しちのへ」を探して行って見た。ディーゼルカーは週末だけの見学なので、駅舎を見学した。
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尻屋埼灯台周辺は寒立馬(かんだちめ)という馬の放牧地だった、胴長短足という共感できるスタイルで、冬の寒さに耐えられる馬だそうである。ゲートを通過するが、都井岬のような状況ではない。
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津軽海峡側は海と空が層を成している、東風が陸地を越え、発生した雲が海上で層になっている様に見える。
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むつ市に向かい、海上自衛隊 大湊地方警務隊本部を眺めて、コンビニで暫く休憩すると夕刻になった。下北駅の駐車場に移動し、駅前食堂で夕食、奥歯が痛む... そのまま滞在し宿泊。

走行距離:216.9km
宿泊先:下北駅前駐車場

2023年6月13日(火)
 今日も霧と曇り空だ。晴れの国に生活している者としては、5日連続で雨天、曇天が続くと気分が下がる。しかし寒いくらい涼しいので快適な車内生活である。4時半起床、駅のトイレは24H開放されており、人感センサー照明で虫の寄り付きもなく美しい。ありがたく利用させて頂き、コンビニPで休息後、恐山に上がる。怖そうな名前なので昨日の夕方には行く気になれず、今朝になって行く気になる。
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少し山を上がると雲の中に入り更に気温が下がる(14℃)暫く走って前が広がると三途の川が登場、勢いそのまま車で超える。死んだのか?確認の為、下車して撮影。恐山に行くと入場料500円を取られて、観光地であることを再認識、境内には温泉小屋が営業していた。
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硫黄の匂いと、たまにガスの匂いがあり咳き込む。この風景は地獄なのか?極楽なのか?それとも入口なのか?小規模な噴火口の集まりだ。1円玉や5円玉が溶解している。
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r4で山中を走り、R279の海岸線の出る。バイパスの整備が進み10時前には大間埼に到着した。
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おおま温泉で入浴を済ませて、スーパーのこんにゃくゼリーでランチ、これなら歯に負担が無い。13:40発の津軽海峡フェリーの乗船、1時間もしないうちに函館山が見えて来た。
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ここからなら北海道はとても近い。船内の航路説明ボードには、昭和4年に定期航路就航になっており、観光の為だけではなく、下北半島の方々が買い物や通院に利用されていると紹介してあった。利用客は少なく見えるが車両甲板は満車状態。到着後、キャンプ場よりも安いお宿に直行、セイコマートで「ペコマカード」を作り会員登録を済ませた。まだ少し奥歯が痛むので、焼うどんと玉子焼きを食して寝る。
走行距離:89.6km
宿泊先:フェローハウス

【旅】2023夏の旅 --その1-- [【旅】2023年]

2023年6月4日(日)
 今年も夏は北に向かう。岡山県から見る日本列島は北に向かって反り、どう見ても日本海側を北上する事が一番の近道に見える。当分は一人旅で出発、宿泊の予約もなく一路、青森県三沢市を目指す。どんな事を知り、何に出会うのか?楽しみであるがトラブルは避けたい。
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 快晴の朝、9:00自宅出発。R2を東へ向かい、ブルーハイウェイ経由R250で赤穂ICから山陽自動車道路を利用、舞鶴若狭自動車道を経由して「道の駅 若狭おばま」に立ち寄る。昨年秋、暴風の中、ここで仮眠した。https://hdj81v.blog.ss-blog.jp/2022-10-04昼間に見ると雰囲気が異なり、田園の広がるエリアの道の駅だった。暗くなってから到着し、明るくなる前に移動する事は周辺の地形も判らずリスクが高いと実感する。そのまま高速道路で、敦賀市の完成間近の新幹線駅を眺め、山間部から下って駅に突入する様な線路だなぁ。と思いながら、開通前の期待と、開通後の現実は落差があるだろうと想像しながら、時間はかかるが少しづつでも発展する事を祈ります。48年前に開業した山陽新幹線小郡駅(現:新山口駅)も田んぼ真ん中の駅だった。
 今日は富山県を目指すが、パーキングの看板で「道の駅うなづき」を発見し、この辺りなら温泉も多数あるだろうと想像して目的地にした。17:30到着、既に施設は閉店だった。近隣の立ち寄り湯「ふなみの湯」@500を発見し、海に沈む夕日に照らされながら入浴。
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近くのスーパーで食材とBeerを手に入れ、誰も居ない道の駅に戻る、21時就寝。外を見ると大型キャンピングカーが目前に止まっていた。
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走行距離:581.4km
宿泊先:道の駅うなづき

2023年6月5日(月)
 4:30起床、空は山側から明るくなってくる。目覚めると車中泊3台、キャンピングカー2台がいた。昨夜は涼しく、寝袋に潜ってよく眠った。車内のBedを撤収して5:30出発、宇奈月温泉方面に観光地へ行こうかと思ったが、早朝には何もないので、新幹線の駅「黒部宇奈月温泉駅」に行って見た。上下ともに1時間に1本程度のスケジュールだが、東京駅まで直行できる事は大変便利になった。
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2015年の開通から既に8年目、整備された新駅は徐々に輝きを失い欠けている様に見え、現状のままでは5年先にはお荷物装備になるだろう。敦賀まで繋がっても乗客は増えんぞ...どうする○○。
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 黒部川流域の扇状風景は、高低差から山と海を眺められて気持ちよい。河川の整備がされるまでは相当に川幅が広く急流で、黒部四十八ヶ瀬の表現の通り、雨が降ると、いたる所が川になったのだろうと想像する。
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朝日町のメノウ海岸に立ち寄り、気持ち良い海風を楽しんでから、R8で天険親不知を通過。
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 糸魚川市を散策、昨年も早朝に立ち寄ったが、どこも閉まっていたので、駅や商店街を見て歩いた。空地もあり大火の跡も感じられるが、ほぼ再生された新しい街並みが戻っている。江戸から昭和初期には物流の拠点として砂丘の上には料亭が並び、相当な賑わいだったそうであるが、建築物はほぼ残っていない。
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上越市、柏崎市を通過、R116経由で「道の駅 SORAIRO国上」を目的地にした。日本列島〇〇論の総理大臣の出身地だからか、高速道路の様なR116は、丘と田園地帯を突き抜けている。コメどころの田園は広く効率の良い農業が出来るのだろう。ここの田んぼ5枚あれば、田舎の谷合にある全部の棚田を凌ぐ広さだ。
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 目的地の道の駅にはキャンプ施設が新設され、温泉施設「てまりの湯」もあり賑わっている。17時から@300になる事もありがたく、1時間ほど休憩してから入浴を楽しんだ。ここに滞在を決めていたが、ラーメン夕食を済ませてから、燕三条駅近くの道の駅に移動して21時就寝。ここなら居酒屋も楽しめたなぁ...

走行距離:248.4km
宿泊先:道の駅 燕三条地場産センター

2023年6月6日(火)
 4:30起床、明るくなると目覚める。ここは燕三条駅前の環境で、商工会議所のビルがあり地場振興センターの駐車場が道の駅だった。朝から日差しも強く快晴なので、駅周辺を散策してみるが何もなかった。駅ナカには金属加工の製品を紹介しているショーケースがあり興味深い。戻って道の駅の中心である地場振興センターに行くと自動ドアが開いた。ここにも金属加工製品の展示かショーケースでされていたが、さすがにどこにもapple商品の展示は無かった。
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 R403経由R49で阿賀野川を上流へ向かうと、「津川町 狐の嫁入り屋敷」という案内を見つけて立ち寄る。毎年嫁入りの行列イベントがあるらしいが、今一つ屋敷の理由が判らず残念。軒先ではつばめが元気に恋愛中。
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西会津町から残雪の大日岳方面を眺め、「道の駅 にしあいず」で休憩。
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とりあえず会津若松駅前にいってみると、駅前に広いパーキングがあり、今夜の滞在場所にする。
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 鶴ヶ城の隣にある福島県立博物館@280を見学、明治期の猪苗代湖からの疏水事業を知る。盆地の郊外には広い棚田が広がっていた。会津若松駅前には日帰り温泉もあり飲食店もあり、今夜は居酒屋を楽しむ。地元のオヤジが溜まっている「居酒屋よしむら」に行くと、いったん断られるが、相席でもよければ...という。誰も居ない2名の席に座り隣を見ると20名位はいる座敷が見えるが、ここには誰も居ない。注文は紙に書く様に指導され、3品目ほど書いて渡すと、老眼なので文字が小さくて見えない、と突き返された。ならばデカい文字で拡大して記入したが、入りきらず裏面まで書いて渡すと、これじゃわかりません、裏には書かないでください。と再び突き返された。全て書き直してください。と言われ3回目のオーダーを記入して、何とか許可を得た。なんだか現地語が飛び交い、アウェー感アリアリの中で、ひとりBeerを楽しむ。暫くすると相席の禿げ親父がやって来た。店内は殆んど顔見知りの人ばかりらしく、仕事や付き合いの話して大盛り上がり、しかしながら先輩方の引きは早く、20時頃には引き上げ始める。地酒を楽しみながら目前のオヤジと少し会話すると同級生だった。気持ちよく酔って車内で爆睡。
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走行距離:137.6km
宿泊先:会津若松駅前のP@500

2023年6月7日(水)
 気持ちよく目覚める。地酒を飲み過ぎて何の話をしたのか?昨夜のことを断片的に思い出す。ナビに導かれるままに裏磐梯を目指し、途中の「道の駅 ばんだい」で洗顔を済ませて案内看板を見ていると、近くに慧日寺(えにちじ)跡があるそうなので立ち寄る。https://www.town.bandai.fukushima.jp/site/enichiji/enichiji_0206070809.html
駐車場も広く、誰も居ないのでソーラーパネルで暫くBP充電を兼ねて散策した。徳一という坊さんが開祖らしい。1869年に廃寺となり、平成になって復元されている。9時から開園らしいので30分程度
集落を散策、10分前に正面入口に行くと、もう入れますよ。との回答あり、興味は無かったが、お嬢様のお勧めされるままに資料館とのセット入場券を購入した。如来坐像も新設、古色付けされていた。
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裏磐梯の五色沼に移動し、気温20℃の清々しい空気の中で1時間程度散策する。
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「そば処おおほり」で昼食を済ませ、R115を快調に進むと「道の駅つちゆ」到着。ここで行き過ぎた事に気付き磐梯吾妻スカイラインまで引き返して、樋沼、浄土平、吾妻小富士を散策する。標高1700mあり半袖では寒く、火口一周はやめて引き返す。
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山を下って高湯温泉「あったか湯」@250で入浴、夕食はホルモン定食で腹一杯になり、道の駅で就寝準備していると、東京の宴会場より連絡あり、懐かしい方々と車中でコミュニケーションを楽しんだ。
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走行距離:155.4km
宿泊先:道の駅 ふくしま

2023年6月8日(木)
 今日も朝から日差しが強い、日の出と共に起床し、車内の温度が上がるまで過ごすと7:50が限界だった。今日の東北地方は真夏日の予測だと報道されている。今日は幾分距離を詰めておかないと、週末の青森県が遠くなるので移動中心となる。福島大笹生ICから米沢中央ICまで無料の高速道路を利用。このエリアも山深く江戸時代には交流の少ないエリアだったのだろう。しかし高速道路ではあっという間に到着した。道の駅 米沢に立ち寄ると、美味しそうなサクランボがお手頃価格で、開店準備中だったので、しばらく時間調整。
上杉神社(米沢城)を参拝する。祭られているのは49歳で急逝した上杉謙信、明治期になってから神社の整備が進んだ様である。
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 R13を北上、山形市を通過し、道の駅天童温泉で休憩、東根ICから無料の高速道路を利用し、完成している新庄真室川ICでR13に戻る。湯沢市を過ぎて横手市で夕刻になり、温泉施設の看板に誘われて「横手駅前温泉 ゆうゆうプラザ」@1100で入浴。気持ちもよく、今日はこの辺りで滞在先を探すと、駅前に再開発エリアの駐車場があり、金額の案内もなく無料の様子だった。しかしすぐ近くには新設された有料駐車場もあり、立駐で屋根もあり頑丈そうなので、こちらに移動した、2時間無料+@100/時間、近所の居酒屋を探すと「ほっこり処 福多朗」を発見、客は無く一人でBeerを頂いた。

走行距離:243.9km
宿泊先:横手駅東口市営駐車場@900

2023年6月9日(金)
 今日は朝から雨となる、屋根付き駐車場だったので雨音もなく快眠だったが、ここにはトイレが無く目覚めて即撤収出発。横手駅のトイレでお世話になる。市内には「かまくら館」などあり興味津々ではあるが、今夜は青森県三沢市まで行くので、躊躇せず雨天の中で前進。R13を北上し大仙市のすき屋で朝食、R105で角舘市経由、R49で田沢湖で休憩。仙岩峠を越え、はじめての岩手県に入る。盛岡市郊外を北上しR4に合流、一戸、二戸と順序良く住所が登場し「北のチョコレート工場&店舗 2door」に立ち寄り休憩。2Door表記がわかり易い。R395に分かれR340で「道の駅 なんごう」で休憩、田園風景の中にある道の駅に似合わず、JAZZ系BGMが流れていた。売店の隣には「JAZZの館」という建物があり、中にはステージとaudioと、たくさんのレコード、CDがあった。https://www.michinoeki-nango.com/
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この地では、1990年からジャズフェスが毎年開催されており、今年も7/29に開催予定である。
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日本の農業にもJAZZが似合うのかも知れない。誰も居ないホール内には、静かにJAZZが流れている心地よい空間だった。ジャズ誌「スイングジャーナル」もずらりと保存されている。
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八戸郊外を通過し、三沢駅に到着すると温泉があったので入浴@450、肌にまとわるようなヌルヌル感のある素晴らしいお湯だった。友人はまだ仕事中らしく、近くの「道の駅ろくのへ」に移動して車内で晩餐して眠る。雨は弱く静かな夜だった。
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走行距離:276.9km
宿泊先:道の駅ろくのへ

2023年6月10日(土)
 3時半起床、空が明るくなってきた。雨も上がり、青空も一部に見えている。天気予報では、太平洋側は曇り、日本海側は晴れるそうなので、日本海側寄りの十和田湖を眺めに行く。
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 ここの六戸エリアは広い畑もあり、北海道の様な風景が広がっている。r10で十和田市を通過、奥入瀬渓流に入ると雨なのか、木々の葉から水が落ちて来るのか不明であるが、車外には出たくない状態が続く、道路と川の高低差がセンチメートル単位のところもあり、カレンダーやポスターでよく目にする光景がどんどん現れる。早朝なので誰も居ないし、遊歩道も整備され、高低差も少く歩いてみたいが、ずぶ濡れは嫌なので車窓から眺めて通過した。十和田湖畔に到着し、水面を覗くと透明度が高く小魚も多数泳いでいた。この湖には明治期まで魚は住んでいなかったが、和井内さんが試行錯誤してヒメマスの養殖を始めてから、魚がいる湖になったそうである。今ではいろんな人が様々な魚を放置しているのだろうか?早朝から魚釣りをしている人を見かけた。また、「乙女の像」辺りの湖岸には大量の小魚が打ち上げられて死んでいた。
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発荷峠の展望台に行って見るが、雲が多く白黒の世界。展望台に貼ってあった秋田県小坂町の建築物のポスターに興味を持ち行って見る。「アカシア祭り」開催当日で賑わていたが観光客は疎ら。この町には鉱山があり2万人を超える人がいたそうである。
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そして藤田伝三郎(岡山市藤田の地名の元)が鉱山を整備し賑わいを作ったと紹介されていた。現存する日本で一番古い、木造芝居小屋「康楽館:こうらくかん」の中からは賑やかなステージが聞こえていた。復路を検索すると引き返す事が近道だった。復路の発荷峠からは青空と十和田湖が望めた。
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今夜の宿を探しながら三沢駅まで戻ってみるが、Webサイトでは探せないので直接宿に尋ねると、1件目は満室で断られるも2軒目で空きあり、今日はビジネスホテル泊とした。
溜まった洗濯をして、バッテリー充電、ゴミを処理して、水満タン。17時~かけ流しの大浴場でノビノビお風呂を楽しんだ。
18時から市内の居酒屋で旧友と合う。店を出ると夜霧が微かに街に掛っていた。

走行距離:188.0km
宿泊先:ビジネスホテル ミサワ イン コーヨー

【旅】2023年4月7~8日 有馬温泉の旅 [【旅】2023年]

 「節目の年」と表現される年、ついにその時期が自分自身に巡って来た。自身では2年前が節目の年だと思っていたが、改めて2023年の春が節目となる。自由になれた2年前から、理想とする「放浪人」に向かい助走していると思っているのだが、寒いと閉じこもり、花が咲くと酒に溺れ、暑いと避暑に向かう怠惰な生活をしているのではないか?と反省を繰り返している。そんな生活の中で、子供たちが温泉の旅に連れて行ってくれた。

2023年4月7日(金)
 9:00自宅出発、岡山ICから雨の高速道路を東進、大型トラックからの飛沫は濃霧状態。こんな状況下「Full Time AWD」は安定した高速走行だった。新神戸トンネルを抜け、雨の続く神戸市内に11:00到着。HAT神戸にある兵庫県立美術館を見学する。
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「イケてた頃の俺」というキャッチコピーが胸に刺さる「恐竜図鑑 失われた想像・創造」展を見て、西洋では江戸時代の末期には、炭鉱等から発掘された化石を基にして恐竜を描いており、現代までのその想像画の変遷を展示してあった。
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研究や想像を経てイグアノドンの変遷がクローズアップされている。自身も子供の頃に見た恐竜図鑑が目の前にあり、ブロントザウルスを懐かしむ。
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 Dinosaur(恐ろしいほどに大きいトカゲ)を恐龍(のちに恐竜)と和訳したのは横山又次郎という長崎出身の人だった。環境の変化と共に失われた前世を地層から知り、後世を生きる人類の研究や想像から、展示会までを開催している平和な日本。

 いつの日か、前世は二足歩行をしていたらしい...という研究対象にならないことを祈る。

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 複雑な気持ちを持ちながら、予約済みだというランチ会場へ車で移動。阪神本線沿い「鮨とびこめ」名前のように、飛び込むことは不可能な住宅地にある寿司屋で美味しい寿司と冷酒を頂いた。
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車内で酒臭いと言われながら、心地よい状態で有馬温泉グランドホテルに到着。雨は時折強く降り、景色を眺めて昼寝をした。冷蔵庫の中はご自由に...という宿のお嬢様の言葉に誘われ、お湯とBeerを楽しんでいると夕刻になる。
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2023年4月8日(土)
 3:40目覚めるとソファーの上だった。空には星も見えないので入浴可能タイムまでBedで二度寝する。更に目覚めると5:30だったので、9Fの大浴場に浸かり空を眺めていると、「ゴォー」という音がしたような感じで、湯船に映り込みながら山から太陽が昇る。
 忘れられない日の出の光景を、大浴場で一人見させて頂いた、これには感動した。なので、普段は絶対不可能な風呂上がりのBeerを頂き、部屋から朝日と雲海を眺めた。
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 個人的には遅めの朝食を済ませて、11:00チェックアウト。
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昨日は雨天により、有馬温泉街を見学していなかったので、車で移動し、ねね橋付近に降りてみる。細い路地まで商店が繋がり、異国人観光客も多く、賑やかな温泉街を散策した。
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 午後は、新神戸トンネルを抜けて「布引ハーブ園」に登る、昨夜の雨を境に気温(13℃)が低く、久しぶりに寒さを感じる。ANAホテルでランチを済ませて、北野異人館エリアを散策し16:30神戸を離れ、1泊2日の大名旅行を楽しませて頂いた。
 また連れて行ってくれ。というと「これが最後じゃ」と娘に言われた事を思い出しながら... 幸せな時間をありがとう。

【旅】四国八十八ヶ所巡礼くるま旅 2023年3月5~18日 [【旅】2023年]

 仏門に入った訳でもなく、何かに目覚めた訳でもない。日本の旅の歴史の中に「奥の細道」「四国八十八カ所巡り」「伊勢参り」「善光寺参り」など聞いたことのある旅を記した記録があり、それがどんなものだったのか?足跡を辿りながら、我が人生に於いても経験してみたく、2023年3月に四国を巡礼する事を計画した。本来ならば、徒歩の旅でなければ体感はできないだろうが、まずは「くるま旅」13泊14日の予定である。
 寺院での作法に「納札」が必要だとあり、準備して記入した。願意記入欄があり、本能のまま書き込むとバチが当たりそうなので、「無病息災」に願いを込める。

2023年3月5日(日)
 7:00自宅出発、水島ICから高速道路を利用、晴天の瀬戸内を渡ると、眼下には漁船の群れが眺められた、日曜日なので漁民の漁業ではなく、レジャーの釣り船利用なのだろうと想像しながら、各々の漁船は自由な方向に移動しながら、瀬戸内の海面を群れ成していた。津田の松原SAで休憩し、順光の瀬戸内海を眺め板野ICで高速道路を降りた。今日の予定は第1番札所から11番札所までの参拝である。のんびりしていてはトラブル発生時に、対応できる時間的余裕がないので、仕事の如くスケジュールをこなした。
◆1番 霊山寺(りょうぜんじ):昨年訪れていたので、新鮮さはないが、改めてここからスタートする事を確認する。想定以上にハイヤーの団体、観光客が多い。
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◆2番 極楽寺(ごくらくじ):815年、空海(42歳)の頃に修業したそうである、このエリアの寺院では同年代に修業したのだろう、長命杉が力強い。
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◆3番 金泉寺(こんせんじ):住宅地に朱塗りの山門があった、黄金の泉を除くと我顔が映る。弁慶の力石があった。
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◆4番 大日寺(だいにちじ):山裾の行き止まりにあった、広いPと境内を参拝。
◆5番 地蔵寺(じぞうじ):樹齢800年の大銀杏が目立つ。小柄に選定された梅満開。
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◆6番 安楽寺(あんらくじ):田園風景の中のお寺、温泉らしいがその風情は無い。
◆7番 十楽寺(じゅうらくじ):入口にスタッフ待機、本日の阿波シティーマラソン開催につき交通規制があり、8番札所に行く回り道を案内していた、境内から剣山が見える。
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◆8番 熊谷寺(くまだにじ):帝国製薬の臨時Pに入り、交通規制された道路を歩く。高速道路からのノイズはあるが、高台にある大きな山門、広い駐車場。
◆9番 法輪寺(ほうりんじ):田園の中にあるお寺だった。門前のうどん屋さんは残念ながら閉店していた。昼食を予定していたので空腹感が増す。
◆10番 切幡寺(きりはたじ):空海と機織り娘の物語のあるお寺、大塔への登り口からは、吉野川の向こうに四国山地が見渡せる。
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◆11番 藤井寺(ふじいでら):吉野川を渡り、有料駐車場へ。
法輪寺を出てから、うどんランチ。15:15には藤井寺参拝を終わり、徳島市内の宿16:00チェックイン。日曜日の夕刻は飲食店も閉まり、寂しい風情が漂っていた。開いていた居酒屋に入るが、品切れが多く残念な状態でクーポンを消費する。

走行距離:197.1km
宿泊先:ホテル越久

2023年3月6日(月)
 快晴の朝、8:18宿出発。R439で佐那河内村、神山村を経由して12番札所に向かう。初めて来たエリアなので様々な看板に目を奪われるが、「道の駅 温泉の里・神山」に立ち寄り、少し離れた大木がそびえる八幡神社に参拝して、r43から目的地に向かった。道路沿いには枝垂桜が目立つ。
◆12番 焼山寺(しょうさんじ):標高705m、Pには残雪あり。火を吐く大蛇が焼山にしたそうだ。徒歩では険しい難所である。
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 参拝後、引き返してr21を走行中、「神山森林公園 イルローザの森」看板に惹かれ立ち寄る。剣山から吉野川まで眺めが良い。吉野川水系の鮎喰川(あくいがわ)は美しい水が流れていた。
◆13番 大日寺(だいにちじ):道路を挟んで、阿波一宮神社と隣接、南側の山上に一宮城があったそうだ、しあわせ観音。
 ランチは「お食事処 なかの」で定食を頂き、R192の工事現場の様なエリアの巡礼となる。途中で徳島市立考古資料館に立ち寄るが休館日だった。古代人の住んだ形跡から、小高い丘の影響で、吉野川の水害から守られた場所だろうと想像する。田園の中に住宅と寺院が広がる。
◆14番 常楽寺(じょうらくじ):丘の上にあり、断層の自然石のままの境内が、歩き難く印象的だった。
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◆15番 國分寺(こくぶんじ):阿波国分寺、諸国にある国分寺の一つ、高さのある本堂は迫力があった。庭園@300円は未見学。
◆16番 観音寺(かんおんじ):「かんのんじ」ではなく「かんおんじ」
◆17番 井戸寺(いどじ):カラフルな山門、境内に正心小学校があったそうだ。
 眉山の西側に位置するこの地域は、古代の徳島平野の中心だったのかも知れない、そんな感じのする寺院密集エリアだった。今日も眉山の東側に位置する徳島市内に連泊、16時前には宿に戻り、市内散策を楽しむ。眉山のおかげて夕刻の日没は早く、朝日は海から登る、地形的には暮らしよい環境なのだろう。夕食はコンビニ飯で済ませる。

走行距離:112.6km
宿泊先:ホテル越久

2023年3月7日(火)
 快晴の朝、R55を南下、国道から少し逸れた、小松島市の山裾にある恩山寺に向かう。
◆18番 恩山寺(おんざんじ):行き止まりにP、コンパクトな境内、静かな朝の空気の中で参拝する。
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◆19番 立江寺(たつえじ):コインパキング300円、住宅地にあった。
◆20番 鶴林寺(かくりんじ):標高470m、山門に鶴、巨木のある参道は風格漂う。798年に桓武天皇の勅により空海が開創と記されている、唐に渡る前の24歳の頃、こんな山中にどうやって作ったのか理解不可能。山を切り開く道具を持ってくるだけでも困難だ。
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◆21番 太龍寺(たいりうゅじ):標高618m、ロープウェイを利用、遠くに鶴林寺も見える。空海19歳の時にここで修業したらしい、石垣のある境内は風格大。
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「舎心ヶ嶽」(しゃしんがたけ)には大きな空海が座っていて、見ごたえのある風景だった。
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◆22番 平等寺(びょうどうじ):のどかな田園風景、広いPから全体が見渡せ、参拝しやすい。一眼カメラでLIVE配信。
 本日の巡礼はここまで、阿南市の宿に向かう。15時前には到着したが快くチェックイン、窓から海の見えるビジネスホテルだ。夕食時、薄ぼけた満月が海から登り次第に明るい月となる。旅情を彩る光景だった。

走行距離:88.3km
宿泊先:ベイサイドホテル龍宮

2023年3月8日(水)
 快晴の朝、8時前には宿を出る。R55を南下、一部自動車専用道路が整備してあり、想定外に早く、日和佐の薬王寺に到着した。大型観光バスも入る駐車場が整備され、観光化が進んでいる。
◆23番 薬王寺(やくおうじ):726年建立、自身は15歳の頃に来た、45年前の記憶は大きな赤い塔だけだった。
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 参拝後、大浜海岸に出る、海と浜はとても美しく保たれており安心する。しかしながら「国民宿舎うみがめ荘」は閉館され、残念な状態となっていた。次世代に生まれ変わる期間なのだろう。恵比寿浜まで行って見る、15歳の夏、この浜の民宿に連泊した記憶があるが、見覚えのある場所は無かった。
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「道の駅日和佐」では観光クーポンが使えず、隣のドラックストアで全額消費して遍路に戻る。久しぶりに走るR55なので、様々な光景に興味が湧くが移動距離も長いので、次の機会にする。DMVも見学してみたいが、出会うことは無かった。宍喰町がジャンボ尾崎さんの出身地だった、少年期の昭和30年代を考えると、ゴルフとは無縁な場所である。県境を超えると、南国高知の風情となり、道端には柑橘系の販売が目立つ。その先は崖と海と空の風景が岬まで続く。室戸世界ジオ パークセンター(無料)を見学。
◆24番 最御崎寺(ほつみさきじ):室戸岬灯台の位置にあった、鐘石という美しい音色の石が不思議だった。室戸スカイライン経由で、室戸の町に入る。港であるが、海面から高い位置に町が造られていた。
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◆25番 津照寺(しんしょうじ):入口の「遍路の駅 夫婦善哉」で昼食後、急な階段を登り参拝。港町が見下ろせる。
◆26番 金剛頂寺(こんごうちょうじ):離合不可能な急坂を登ると、広い駐車場が整備されていた。
◆27番 神峯寺(こうのみねじ):想定外の急坂、離合困難な道を車で登る。駐車場から更に登る。整備された斜面の庭や森林が印象的。
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 夕刻には、晴れているが空と海の境目が見えない状態となり17時に奈半利の宿にチェックイン。まぐろ鍋を頂く。

走行距離:169.1km
宿泊先:ホテルなはり

2023年3月9日(木)
 8時過ぎに宿を出発、気温16度。今日の天気予報は、夕刻から雷雨の見込みである。しかし朝から晴れ間もあり気温が高い。夕刻の約束時間もあり、今日のスケジュールはタイトだ。
◆28番 大日時(だいにちじ):丘の上にあった、Uターン気味に山に入る。
◆29番 国分寺(こくぶんじ):土佐の国分寺、さすがの佇まい。田園の中に木立に囲まれていた。
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◆30番 善楽寺(ぜんらくじ):高知市北部郊外の住宅地にあった。
トンネル内で、カーナビから「到着しました」と報告あり、山上の展望台からは高知市が一望、今春からの連続テレビ小説となる、牧野さんの植物園整備工事が急ピッチ。春の花々が咲き始めていたが見学は次回へ持ち越し、遍路を続ける。
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◆31番 竹林寺(ちくりんじ):整備された境内には、婚礼前撮りのペアも見られた。
◆32番 禅師峰寺(ぜんじふじじ):太平洋の望む高台のお寺。多数の農業用ハウスが望める。静岡の久能山からの景色に似ていた。駐車場には、人慣れした猫が「何かくれ」と近寄って来る。
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◆33番 雪蹊寺(せっけいじ):住宅地にある広い境内、鐘と咲き始めた桜が印象的。ここまでは蒸し暑い空気に包まれていた。
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うどんランチを済ませると、道路の対面には見覚えのある看板があった.http://www.shikiden.com/company-top.html
◆34番 種間寺(たねまじ):水路沿いに田園地帯を進むと、広い駐車場が整備してある寺だった。車での参拝にはやさしい。涼しい風が感じられる。
◆35番 清瀧寺(きよたきじ):土佐市を見下ろす山の南斜面にあった、仁淀川の河口方面まで見渡せる。
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◆36番 青龍寺(しょうりゅうじ):明徳義塾高の近く、階段の上にあるお寺。
到着と同時に降雨となる、遠くに雷鳴もあり、明徳高のバスで参拝する外国人学生の団体がいたが、先を急いで参拝を済ませた。
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車に戻ると同時に、土砂降りの雨と雷に襲われた、間一髪のタイミング。各寺院に守られている気がした。感謝
16時前に高知市内に戻り、降雨の中ホテルチェックイン。17時に大膳町を訪問、勝手なスケジュールで恐縮しながら高知の食を楽しませて頂く。

走行距離:156.7km
宿泊先:リッチモンドホテル高知

2023年3月10日(金)
 昨夜の酒もスッキリ抜けて、青空の広がった高知市内を出発、移動距離も長いので高知ICから高速道路を利用する。35番札所の清瀧寺が道路からよく見える。知らなければ見る事もない山の風景であるが、知れば興味が湧いてくる。
◆37番 岩本寺(いわもとじ):外国人受けなのか、四万十川観光のエリアだからだろうか、少し奇抜な装飾があった。
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◆38番 金剛福寺(こんごうふくじ):足摺岬にある大きな山門、境内は池泉回遊式。822年の開創だそうである。
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気温は20℃を超えて暑く、エアコンのお世話になる事となった。
◆39番 延光寺(えんこうじ):コゲラがトントン拍子をとり、トンビがヒーヒョローと、木に止まったまま鳴き続けていた。自動車専用が寺院目前を通るが、自然の豊かさを感じる境内だった。
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予定では40番札所まで巡礼する計画でいたが、移動距離が長く、本日はここまでで終了。今回の遍路で泊まってみたかった宿に16時過ぎにチェックイン。

走行距離:242.3km
宿泊先:宿毛リゾート椰子の湯

2023年3月11日(土)
 晴天の朝、宿毛市からR56で愛南町に入る。
◆40番 観自在寺(かんじざいじ):807年空海が開創とある(唐から博多に戻った翌年)、愛南町の町中にあり正面から車で入ると狭い道路となる。大きな栄カエルがいた。
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津島岩松ICから自動車専用道路を利用すると、宇和島の町はあっという間に通過した、三間ICで下り、「道の駅みま」に寄る。
◆41番 龍光寺(りゅうこうじ):神社と併設されている、三間のお稲荷さんと呼ばれているらしく、狛犬がいる。Pまでの30mは普通車で道幅一杯。
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◆42番 佛木寺(ぶつもくじ):三間の田園風景の山裾にあった、大きな山門が目立つ。
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◆43番 明石寺(めいせきじ):822年に弘法大師が訪ねていると記述あり、住職が味を決めたという明石寺カレーを購入。
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R56を北上し、大洲市に入る。ホテルチェックイン後、伊予大洲駅周辺を散策するがフジグランしかなく、「福ちゃんラーメン」で夕食とした。宿の窓から大洲城のライトアップが見えていた。

走行距離:139km
宿泊先:ホテルオータ

2023年3月12日(日)
 今日も快晴の空、内子町からR379→R380を経由して久万高原町に行く。
◆44番 大寶寺(だいほうじ):寺院の下にあるPから歩くと、山門にある大迫力の金剛力士に睨まれる。ここで半分「へそ」だそうだ、山火事のごとくスギ花粉が舞う。
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r12で山中を走り、歩き遍路さんには険しい距離の道が続いている。
◆45番 岩屋寺(いわやじ):P300円から山を登り、名前の通り崖の下の岩屋の風情に佇む。どこまで登るのか不安になるが、鐘の音で距離と位置が把握できる。
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境内は24mのレンズでは入りきらない絶壁が目前に迫る。
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◆46番 浄瑠璃寺(じょうるりじ):松山の平野に下りてくる、門前は椿、モクレンや桜、菜の花満開の季節の花々が混在し春模様、気温23℃で暑い。
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◆47番 八坂寺(やさかじ):モクレンの開花が印象的
◆48番 西林寺(さいりんじ):重信川を渡り、広い平野部に出る。「本堂にお坊さん よく見ると我が姿」
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◆49番 浄土寺(じょうどじ):勇ましい山門に「西林寺」と表記あり、「西林山 三蔵院 浄土寺」だそうである、写真を見返すと48番と49番がこんがらがる。Pに向かう横断歩道が不自然。
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◆50番 繁多寺(はんたじ):ほんの少し高台にある広い境内。
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ここで宿にチェックイン、歩いて51番札所の石手寺に向かうが、何故か暑い。
◆51番 石毛寺(いしてじ):道後の観光地エリアにあり、堂々たる観光寺の様相、しかしながら参道のお店はほぼ閉店。本堂の奥の洞窟が通り抜け出来た。
 参拝後、道後温泉本館前で夕食を済ませ、散策をしながら宿に戻る。贅沢であるが毎日移動を続けると、何故か疲れて来る。もう少しのんびり連泊をしながら旅をしたいと思うが、事前に計画した旅はスケジュール通りに進行するしかない、もっと無計画な旅を楽しみたいものだ。

走行距離:117.6km
宿泊先:にぎたつ会館

2023年3月13日(月)
 夜間に雨の天気予報であったが、道後の道は濡れていなかった。今日は天候回復の見込み。午後からは快晴が見込まれる。
◆52番 太山寺(たいさんじ):Pから少し距離があり、参道は崖崩れの跡も見られた。1305年に建てられた本堂は国宝、カラフルな瓦が印象的。
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◆53番 圓明寺(えんみょうじ):和気にある寺、目前にPがあり、ラクラク参拝だった。
◆54番 延命寺(えんめいじ):境内では発掘作業らしき様子、納札を取る輩がいるらしい、取り纏めて個人情報として販売するのかも知れないが、哀れな事である、バチは必ず当たるものだ。
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◆55番 南光坊(なんこうぼう):今治の街中にある大きなお寺、境内に車で乗り込み駐車可能。歴史は古く建物は新しい。
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◆56番 泰山寺(たいさんじ):田園地帯に広いP、新たに整備された境内。
◆57番 栄福寺(えいふくじ):コンパクトな境内、P整備がされていた。
◆58番 仙遊寺(せんゆうじ):瀬戸内を眺める山の上にあった。
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◆59番 国分寺(こくぶんじ):伊予の国分寺、古くは町の中心だったのだろう、海側の丘に守られ田園が広がる。
今治の港前にある宿に、早めにチェックインをして溜まった洗濯をする。ホテルの屋上からは、残雪の石鎚山が眺められた。リニュアル工事中で期待はしていなかったが、2食付きでコスパ最高の宿だった。

走行距離:82.4km
宿泊先:ホテル菊水今治

2023年3月14日(火)
 快晴の空、有料道路の山道を車で登り、60番札所を目指す。料金所のおじさんが、1台上から降りて来る車がある見込みだと教えてくれたが、2台下りて来た。すれ違いが困難な有料道路。
◆60番 横峰寺(よこみねじ):駐車場から下り、山中のお寺。歩き遍路には険しい道程だろう。標高750mにある石鉄山横峰寺(いしづちさんよこみねじ)、シャクナゲの林が目立つ。
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ミツマタの花も咲き始めていた。
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◆61番 香園寺(こうおんじ):鉄筋コンクリートのお寺、コンサートホールの様な本堂。
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◆62番 宝寿寺(ほうじゅじ):聖徳大師が開創、風鈴の音色が印象的。
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◆63番 吉祥寺(きちじょうじ):本堂は工事中、閉鎖されたJAの広い駐車場には、遍路の駐車禁止表記が目立つ。
◆64番 前神寺(まえがみじ):登っていくと、想定外に大きな本堂があった。
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時間的余裕があったが、香川方面に先を急がず、残雪の石鎚山を目指すが、UFOラインは通行止めだった。

走行距離:132.4km
宿泊先:ホテルオレール西条

2023年3月15日(水)
 今日も快晴の朝、残雪の石鎚山もよく見えているが、先を急ぐ。伊予西条ICから三島川之江ICまで高速道路を利用する。寺院の下まで行くとおじいが手を振っていたP200円、終日自宅前に座っていると収入のある、四国八十八カ所巡りは、良き観光システムだと感心する。
◆65番 三角寺(さんかくじ):Pから想定以上に急階段を登る。本堂の彫り物が立派だった。
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うどん屋ジローのうどんの量に驚き、腹一杯のランチを済ませて、雲辺寺に向かう。
◆66番 雲辺寺(うんぺんじ):ロープウェイ利用、スキー場には残雪なし。香川県と徳島県の県境、徳島県側にあり建築物は新しく立派な境内だった。讃岐平野が一望できる。
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◆67番 大興寺(だいこうじ):田園風景の高台にあった、撞木の紐には5円玉がぎっしりと結んであった。
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 次の寺院の駐車場に停まると、団体バスの遍路組があり、急ぎ足で本堂、大師堂を参拝すると69番だった、その後に隣の68番を参拝、順序を間違えた。
◆68番 神恵院(じんねいん):コンクリートの本堂。
◆69番 観音寺(かんのんじ):朱色の本堂。
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◆70番 本山寺(もとやまじ):五重塔は修復中。
予定は、ここまでだったが前倒して71番を目指す。
◆71番 弥谷寺(いやだにじ):駐車場から遠く、時間を気にしながら本堂到着16:18、見晴らしの良い山腹。大師堂の中に納経所がある。
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 16:40駐車場に戻り、本日の予定終了。ホテルチェックイン後、居酒屋「うさぎ」で夕食時に、「県外から来られたのなら骨付き鳥が名物だ」と教えてくれた、地元の常連客らしきおやじは、はじめての歩き遍路挑戦中の、75歳清水市の会社経営者だった。出発して何日目なのか覚えていない、一度コロナ感染拡大で自宅に戻って再出発したそうだ。今まで偉そうに、社員に向かい「何でこんなことが出来ないのか?」と言っていた自分に後悔するが、もう手遅れで仕方ない。もっと早く、妻が元気なうちに遍路をすればよかった、と話した。また、世界中の皆が遍路をしておれば戦争など起きない、と各地の接待に感謝していた。

走行距離:132.6km(ほぼ昨日と同距離)
宿泊先:丸亀プラザホテル

2023年3月16日(木)
 今日から天候が下る予定であるが、午前中は青空が広がる。高台にある72番札所に向かったが、73番がすぐ上にあり、行って見るとどちらも有料駐車場となっていた。ならば... 73番札所に駐車してから72番、73番と歩いて参拝した。73番納経場では駐車料金は不要だと言われラッキー!近接する民宿が閉鎖されていることが原因か?
◆72番 曼荼羅時(まんだらじ):不老の松は枯れ、円形の跡地だけが残っている。
◆73番 出釋迦寺(しゅっしゃかじ):72番の少し上にある、境内からは讃岐平野が見渡せた。奥の院には「真魚:空海幼名」が飛び降り、天女に抱き留められた捨身ヶ嶽があるが、登らず次回に持ち越して先を急いだ。
◆74番 甲山寺(こうやまじ):砂利工場隣接、広いPあり参拝はしやすい。
◆75番 善通寺(ぜんつうじ):規模の大きさに驚く、コインパーキングに車を停めると、どこから参拝するのか判らない程広い境内だ。
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 西院と東院に分かれており、案内図を見ないと、参拝の順序が判らない。空海の生まれ故郷は屏風浦だと記述があり、海辺だと思っていたが、かなり内陸部のこの地である。坊さんも多く、いたる所でお経を唱えていた。涅槃桜(ねはんざくら)満開。
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◆76番 金倉寺(こんぞうじ):仁王像が勇ましい。広い駐車場隣接し、平坦で楽々参拝。
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◆77番 道隆寺(どうりゅうじ):道路沿いに数台のPあり、路地を入ると少し広めのPがあった。観音さんがずらりと並んでいた。
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◆78番 郷照寺(ごうしょうじ):高台から宇多津の町が見える。近隣は良く通過する場所であるが、巡礼する事で新たな景色が見えてくる。
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◆79番 天皇寺(てんのうじ):「八十八名物ところてん」の看板が目立つが閉まっていた。
◆80番 國分寺(こくぶんじ):讃岐国分寺、参道、山門はさすが国分寺という雰囲気であったが、納経所の中は納札が散乱し、汚れた手書きPOPと展示品多数は残念な状態。いくらでも両替可能なところはありがたいが、仏具の販売は整理整頓して欲しい。
◆81番 白峯寺(しろみねじ):五色台にこんなところもあったのだ、高松の市街、瀬戸大橋が一望できる展望台の奥にあった。霧雨の中、静かな参道。
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◆82番 根香寺(ねごろじ):山中を走り、Pに到着すると怪獣がいた。団体のバスツアーもいた。
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 5箇寺前倒し参拝して、本日の予定終了、いよいよ最終の目途が立つ。宿に戻り、今夜は「一鶴本店」に行く。現在「おやどり」の提供は無く、ひなを頂く。かわ酢がつまみに最高だ。

走行距離:103.3km
宿泊先:丸亀プラザホテル

2023年3月17日(金)
 曇天の朝、午後から雨の予測である。
◆83番 一宮寺(いちのみやじ):少ない駐車場は造園業の車で一杯だった。
◆84番 屋島寺(やしまじ):整備された境内は観光地、コインP300円。
◆85番 八栗寺(やくりじ):流線形のケーブルカーを利用、往復@1000円。歩いて往復も出来るが観光気分で楽しんだ。沖縄の伊江島タッチューの様な岩山からは讃岐、阿波、備前が見渡せるらしい。
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◆86番 志度寺(しどじ):花々の咲く広い境内は、自然庭園風で「どこでもドア」があった。住職自身で造園作業中なのかも知れないと思えるほど工事車両があり、建築物の傷みがすすむ。
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◆87番 長尾寺(ながおじ):大師堂には天使の彫刻があった。
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◆88番 大窪寺(おおくぼじ):到着時から小雨となるが、傘なしで参拝で来た。Pから見える大きな門から境内に入るが、正面の山門とは違っていた。
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こんな山中にも関わらず、山門の下には商店が立ち並び観光地の様相、しかしながら客は無く、車窓から見学して通過。
 そして結願、予定より1日早く迎える事となった。結願を迎え、感動しているおじさんからカメラ撮影を頼まれ撮る。くるま遍路の私は感動をどう表現して判らないまま、感謝の思いを本堂、大師堂で合掌。ありがとうございました。
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 高松市内への復路「道の駅 ながお」の対面に、へんろ資料館があったので立ち寄る。何故ここにあるのか理解できないが、遍路を始める前に見学したい施設だった。
 八十八カ所の参拝し、合掌を続ける途中からは、本堂、大師堂の目前で願う気持ちは無くなり、素敵な時間を与えてもらえた事に感謝をしていた。

走行距離:120.0km
宿泊先:高松国際ホテル

2023年3月18日(土)
 雨の朝、結願の報告に◆1番札所 霊仙寺(りょうぜんじ)に向かう。r10は道路整備が進みR11よりも走り易く、讃岐白鳥までは一気に進む。r41で峠を越えて「鳴門市ドイツ館」に出る。今回の旅は天候に恵まれ、晴天の日が続いた、雨も少し降ったが夜間降雨で、朝から回復し傘を使う場は無かった、本格的な雨降りは昨夜からのみ。ありがとうございました。

 令和時代の「くるま遍路」を体験し、四国八十八カ所巡りは四国観光の素晴らしいシステムだと感心する。神社仏閣の歴史、弘法大師空海がいた史実もあり伝承も多い。時間をかけてロマンのある旅が出来る上、順序良く四国一周が可能で、様々な風景を楽しませてくれ、その上、接待という文化が継続され、地域とのふれあいの場も提供されている。どこの寺院も駐車場が完備され、自家用車でスムーズに参拝が可能だ。(中型車では困難な場面あり)いつの日か、遍路が世界遺産になる日も来るだろう。

 巡礼の旅を計画し、はじめて納札を見た時、座った坊さんの下からタケノコが生えとるのか?と疑問を持つほどに無知な自身であったが、少しづつ知識も増えた14日間だった。参拝手順も間違いながら、知らないという事は強く(恐れを知らず)、知って後悔がはじまり、帰路後は懺悔の日々である。いつの日か、可能であれば歩き遍路にも挑戦したいと思えた。その時は白装束で行き倒れ覚悟で臨みたい。

走行距離:200.3km
全移動距離:1993.7km 消費燃料:109.5L 燃費:18.21km/L

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【旅】2023年2月9~10日 米子の旅 [【旅】2023年]

2月9日(木)
 自宅9:00出発しR180を北上、高梁川沿いの色彩の少ない風景の中、11:00新見市到着。
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 JA晴れの国岡山 焼肉 千屋牛でランチを済ませ、更に北上すると雪景色の農村風景が広がる。この季節はトラック以外の峠越えは少なく交通量は疎らだった。県境にある「いぶきの里スキー場」ゲレンデには50名程度の入場者がいた。駐車場無料でもガラガラ、リフト待ち等皆無な状態は、時代の変遷を感じさせられる。スキー場の混雑とリフト待ちが嫌になり、海で滑る遊びに変えた自身の経験は、遠い昔になってしまった。再挑戦も考えたが怪我でもしたら何も出来なくなるのでと言い訳し、今年も滑ることは無い。
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 明地峠も路面は除雪済み、展望台駐車場の除雪は無く、雪景色の大山を遠くに眺めて通過した。目的地はハクチョウのいる「米子水鳥公園」、しかしながら到着するとカモ類しかいなかった。暫く眺めるが、あきらめて皆生温泉の宿に向う。
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 今夜のお手頃価格の宿は、部分的に廃墟感の漂う昭和モダンな館だ。フロントから大型ガラス越しに見える日本庭園は温泉旅館らしさがあり、若いスタッフの対応も丁寧で素晴らしい。主力の和室には禁煙室がなくツインルームを利用。喫茶、ゲームコーナー、夜食カウンター、大小宴会場の設備は稼働しているが利用客は見ない。ラウンジは残念ながら閉店状態だった。かけ流しの大浴場は気持ち良く、日帰り入浴が多数利用している。食事付きで宿泊しているのは我が家を含めて4組だった。皆生温泉の海岸線から大山スキー場が眺め、少しだけ滑ってみたいという気持ちを自覚するも、酒とお湯に溺れて眠る。
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2月10日(金)
 朝から雨の日だ。関東地方の降雪ニュースが朝から賑わっている。昨夜の夕食から朝食までお世話をして頂いた若い女性は、全て異国人研修生だ。日本の少し未来が透けて見える感じがした。あと20年もすると私も異国人の若いパワーのお世話になりながら生活するのだろうか。そんな事を感じながら朝食を済ませ9:00チェックアウト。4000円分の電子クーポンを、有効に消費する事が今日の重要任務となる。
「米子市立山陰歴史館」http://www.yonagobunka.net/rekishi/
昭和5年に建築された旧米子市役所を見学し、打たせ湯の如く雨漏りのする本通り商店街を散策したが。寒さに負けて、車で移動。電子クーポンを消費する為、近隣の道の駅に行くと島根県だった。仕方なく引き返しココイチでカレーランチ。ショッピングでは使えるところは無く壽城のすなばカフェで豪華パフェを食して消費した。復路のR180明地峠は事故処理通行止めだったので、R181で四十曲峠を越え新庄村~勝山~落合を経由して18:10自宅着。

【旅】2023年1月8~10日 山口、広島の旅 [【旅】2023年]

2023年1月8日(土)
 夜明け前にR2を西に向かう、目的地は山口県防府市。http://www.sound-tec.com/
広島で休憩し6時間半、290kmの道程だった。リニュアルされた店内のシアタールームは素晴らしく、他には無い体験ゾーンだった。「啞然」としか表現できない。買えないが感動した...
 1987年新築開店したこの店舗に、世間知らずのサラリーマン3年生だった営業担当者は既に還暦となったが、当時お世話になった店主は、創業40周年を超え現役を続けている。18年+40年=58年間もの期間を、現役で商売を続ける姿には「敬服」そのもの、近づくことさえ不可能だ。
 しかし会話は40年前と変わらない。話をすればするほど20歳代だったあの時代に気持ちが戻った。若い頃の記憶は鮮明に覚えていることが多く、タイムマシンの様な不思議な時間を、夜遅くまで楽しませて頂いた。
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2023年1月9日(日)
 本日リニューアルグランドオープンなのであるが、少々飲み過ぎ感あり反省。
「どんどん」のモーニングうどん(肉うどん410円)を食し、カーオーディオのお店に立ち寄り、昨夜のタイムマシンをまた楽しんだ。japan製のドラレコの取り付けをお願いして別れる。
 主目的のグランドオープンを見届け、昨夜の感謝を伝えてあとにする。趣向性の高い人々の来店が多く、現在の私の暮らしでは買えない、工芸品を眺める様なセンスある新店舗が、新しい商売を柱に成功する事を祈ります。継承するこの先の未来を応援したいが、今の私に出来ることは【祈願】する事位である。58年の現役を超え、益々偉大になる先輩に敬服しながらも、継承から成長へ変化する、若者の姿をいつまでも見守って欲しいと思います。
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 昨年2/7に立ち寄った、50年前の美女が集まる電気店。S17製のカーちゃんは幾度のガンも乗り越えて元気だった。同じことを繰り返す言葉が少し多いが、午前中は近所の美女が集まり会話が弾んでいる様子だ。また芋を持ってくる約束をして別れる。
https://hdj81v.blog.ss-blog.jp/2022-02-04
 16:15広島着、移動時間は高校サッカー決勝戦「岡山学芸館」優勝で感動させていただく。17時から「お好み村」で38年前の話で盛り上がる、若い記憶は鮮明であることを再認識。終電までタイムマシンを楽しんだ。3月末の予定を立てねば...

2023年1月10日(月)
 今日は帰る、朝から晴天が広がった。うどんが食べたくなり探すが、広島には朝うどんはない。仕方なく向洋駅の「駅うどん」まで出向く。強烈な広島弁のオバハンが、うどんをすすりながら「あんたぁ まひげかいとんか?わたしゃぁまだじゃ かかーでもきれいじゃろ」と食堂のねーちゃんに話しかけていた。響きが懐かしくしゃべりそうになるが、抑えてニヤニヤしながらうどんを食した。11時半開店のPOP-HOTに3月末の予約を打診するも、現在は宴なしの夕食中心だそうだ。おいしいランチを頂いてR2を東に向かい、岡山17:30到着。2泊3日の一人旅を楽しんだ。
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走行距離:627.9km
燃費:21.1km/L
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